Publishing Details
Contact & Outreach
About This Podcast
Explore Statistics
Recent Episodes
「古代の福岡を歩く」26回目は大宰府展示館をみて歩きます。
月山東官衙跡を見学する前にその隣にある大宰府展示館を見学します。 それは、月山東官衙跡につながる溝がこの展示館の中にあるからです。 この溝を保存するために展示館が作られたということでした。 梅花の宴が開かれた場所は大伴旅人の屋敷。その場所がどこだったか未だに謎のまま。 その謎の場所の候補の一つにあげられているのが月山東官衙跡なのです。 現在3つ候補があります。この場所でご自分で考えてみるのも面白い…
「古代の福岡を歩く」25回目は大宰府政庁跡へ戻ってきました。
大宰府政庁跡を背にして広がる通りが朱雀大路です。少し歩くと御笠川に出ます。 この御笠川からは1982年に重さ7.5トンもある巨大な礎石が見つかっています。 上流から流れてきた痕跡もないということから、もともとここにあったのでは、とみられています。 このことから、この辺に官庁に入るための南の正門、朱雀門があったとみられています Learn more about your ad choices.…
「古代の福岡を歩く」24回目は大宰府を歩きます。
大宰府の官衙を歩いています。不丁という地区がありました。 不思議の不に丁と書きますが、かつては大宰府の府に官庁の庁と書いたそうでどうやら、地名からみてもこの辺は官庁街だったのでは、とみられています。 近くには大宰府政庁跡が見えてきます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
「古代の福岡を歩く」23回目は蔵の司を紹介。
九州の国々から税を徴収した蔵の司に入りました。 背丈と同じくらいの雑草の中に礎石がちらりと見えました。 かつて、ここには巨大な建物があったとみられています。 税を蓄える倉庫から外国の客を接待したとみられる建物まであったとみられているのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
[古代の福岡を歩く」22回目は蔵の司を経て様々な官衙区へ
小高い丘の上の蔵の司から県道を経て関屋の交差点へ向かいますと官衙区があった地区が広がります。 学業院中学校の手前にあるのが来木地区。金属製品を作っていたとみられる地区です。 恐らく武器や農機具を作っている場所で、近くには技術屋集団がいたのではないかとみられています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
「古代の福岡を歩く」21回目は大宰府を歩きます。
今回は大宰府の役所~官衙があったであろうと推定される場所を訪ねます。 勿論、大宰府政庁跡近辺になります。 まず、めざしたのが現在調査中で立ち入りが禁止されている場所を特別に許可をいただき見学する藏司。 ここにあったのが税を扱う藏の司。近くにある令和ゆかりの坂本八幡宮に参拝し、藏の司をめざします。 Learn more about your ad choices. Visit…
「古代の福岡を歩く」20回目は大宰府を歩きます。
この番組では、磐井の乱をいろんな角度からとりあげていますが、 この磐井の乱と間接的にですが、関係があるのが大宰府になります。 乱の後、ヤマト王権は磐井の支配地に次々に屯倉を造っていきます。 その一つの屯倉が発展して大宰府へと変貌していったといわれます。 昨年は四王寺山~大野城を何回も登っていろんな角度からお送りしましたが、 今回もちょっと角度を変えて大宰府をとりあげていきます。 Learn…
「古代の福岡を歩く19回目も神功皇后が通った道
神功皇后が通った道に残された史実を調べていきますと、磐井の乱の筑紫の君磐井が通った道と重なりました。 さらに調べていきますと、磐井と対立したヤマト王権側がこの道を外部に漏れるのを恐れたのではないかということが分かってきました。 話は思わぬ展開になります Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
「古代の福岡を歩く」18回目は神功皇后が通った道の謎です。
神功皇后は14代仲哀天皇の皇后です。 二人は九州の熊襲を討伐するために福岡にやってきます。 仲哀天皇は急死しますが、神功皇后は一人で熊襲を討伐し、朝鮮半島にも遠征したりします。 その神功皇后が通った道に残っている史実を解明していきます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
「古代の福岡を歩く」17回目は継体天皇です。
磐井の乱で磐井が戦った相手は継体天皇です。 継体天皇は応神天皇五世孫といわれる人物で、謎の多い天皇です。 古事記、日本書紀によりますと、越前の国又は近江の国から迎えられた天皇だといわれます。 即位後20年程も都に入らなかったといわれ、没年もはっきりせず、謎だらけですが、生前は磐井と仲がよかった証拠もあるとか Learn more about your ad choices. Visit…
「古代の福岡を歩く」16回目は磐井の乱に戻ります。
筑紫の君磐井は、乱でヤマト王権に敗れてしまいますが、この時、息子の葛子がヤマト王権に差し出したのが粕屋の屯倉。 この屯倉とは一体どのような機能をもっていたのか、単なる倉庫群があっただけではありません。豪族たちの動きを監視する機能もあったとか。 ヤマト王権が各地に展開した屯倉のさまざまな機能を紹介していきます。 Learn more about your ad choices. Visit…
「古代の福岡を歩く」15回目は瀬高町のカッパ神像です。
土地の人が「アッズミ」という、有冨地区の有冨公民館にあるのがカッパ神像。 もともと隣の有冨若宮神社にあったものです。 全部で20体程ある人形の像。 その中の半分ほどが上半身裸で腰蓑をつけ、顔は目をカッと開き、歯をくいしばり、恐ろしい形相をしています。 この神像を区長の古川さんは魏志倭人伝に出てくる持衰(じさい)だとみています。 Learn more about your ad choices.…
「古代の福岡を歩く」14回目も平原遺跡を歩きます。
平原遺跡の王墓で注目されるのは副葬品です。 この王墓からは武器がほとんど出土していません。そして、「耳とう」 といわれる イヤリングや、ブレスレットなどの副葬品が多いことなどから、葬られているのは、女性ではないかとみられていることが注目点の一つ。 さらに、内行花文鏡という巨大な銅鏡が5面出土していること等々が注目されます。 Learn more about your ad choices.…
「古代の福岡を歩く」13回目は糸島の平原遺跡を歩きます。
糸島には三つの遺跡に王墓があります。 一つ目は三雲南小路遺跡。それから100年後くらいの王墓があるのが井原鑓溝遺跡。そして、三つ目が3世紀頃の平原遺跡です。 平原遺跡の王墓の正面に見えるのが日向峠。 この峠を中心に糸島平野の農業が営まれていて、その農業と深いつながりをもっていたのが墓に葬られている女王だったという話し。 Learn more about your ad choices.…
「古代の福岡を歩く」12回目はヤマト王権の動き
磐井の乱が始まって1年半後に戦いは磐井の敗北で終わります。 この1年半の間、ヤマト王権は密かに動きました。 ヤマト王権は磐井の懐柔策に動いていたといわれます。 その一つの策が「国造」といわれるものだったんでは。 というのが解説いただいている大塚さんの説。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices
「古代の福岡を歩く」11回目は磐井の乱と朝鮮半島情勢
磐井の乱が起こった時、朝鮮半島の情勢は一体どうなっていたんでしょう。 当時は北に高句麗、東に新羅、西に百済、南に伽耶諸国という情勢でした。 そして、高句麗が南下してきて百済と新羅の情勢が混沌としてきます。 そこへ伽耶諸国と百済の援助をする倭がからんでさらに複雑になっていきます。 その辺を解き明かしていきます。 Learn more about your ad choices. Visit…
「古代の福岡を歩く」10回目は磐井の乱を解明。
527年に起こった磐井の乱。倭王権との戦いで1年半後に磐井は敗れてしまいます。 この乱の要因はどういった点にあったのか。 筑紫君磐井の当時の勢力は乱当時どの範囲であったのか。 一体どういった豪族が磐井の味方をしたのか、等々多くの謎があります。 そういった謎を一つ一つ解明していきます。 Learn more about your ad choices. Visit…
「古代の福岡を歩く」9回目は春日市の奴国の丘歴史資料館の話です。
春日市の須玖遺跡群からこの程一度に3面の小型鏡を作ることができる石製の鋳型の破片が出土しました。 こういった量産用の鋳型は全国でも初めてだということです。 展示会で見てきました。 出土した鋳型は約9センチ四方、厚さ4センチの板状のものです。 しかし、この鋳型で作られた鏡は現在のところ見つかっておらず、どのような使い方をされたのかも判明していないのだとか。 バッジみたいなものだった可能性もありかな?…
「古代の福岡を歩く」 8回目は浮嶽神社からです。
浮嶽神社はJR福吉駅近くのまむし温泉から少し坂道を登ったところにあります。 この神社に保管してあるのが九州で最も古いとみられる仏像です。 仏像は如来立像、地蔵菩薩、伝・薬師如来像、そして阿弥陀如来像の4体です。 そして、海岸を東へ出て櫻井神社を歩きました。 ここの楼門や拝殿、本殿は重要文化財の指定をうけていて、実に見事なものでした。 Learn more about your ad…
「古代の福岡を歩く」7回目は糸島の万葉の里植物園を歩きます。
糸島の可也山のふもと、引津湾に面したところに、敷地面積150坪程の「万葉の里植物園」はあります。 ここには、万葉集に歌われた草花が植えてあります。 万葉集には4516首の歌が登場しますが、その中で草花が出てくるのが200ほどで、その中で糸島にある万葉集の草花は50首ほどだそうです。 引津湾には、大宰府の観世音寺創建の際、中国から仏像を運び、一時保管たしたという寺もあります。 万葉集の中に登場する花…
Frequently Asked Questions
古代の福岡を歩く has published 288 episodes since October 2015, covering topics in History, Places & Travel.
古代の福岡を歩く is currently sporadic with new episodes weekly. Average episode length is 31m.
Sign up on Grep.FM to access contact details for 古代の福岡を歩く, including email and social media links.